思春期のお子さんに対して、
「もういい加減にして!」
「いつまで、そんな状態でいるの?」
「もう知らない。あとは勝手にして!」
と思ってしまうことはありませんか?
何度話しても変わらない。
心配して声をかけても、反発される。
親が思うようには動かず、この先どうするつもりなのかも分からない。
そんな状態が続くと、子どものことを考えることにも疲れ、
「もう見放してしまいたい」
と思うこともありますよね。
でも、そのあとで、
「母親なのに、こんなことを思ってはいけない」
「子どもが苦しんでいるときこそ、親が支えなければ」
と、自分を責めてしまう。
今日は、そんなお母さんにお伝えしたいことがあります。
あなたが見放したいのはイライラさせる「お子さん」ではなく、
それを作りだしているあなた自身の「価値観」や「信念」かもしれないのです。
「いつまでその状態なの?」と思ってしまう
先日のセッションで、クライアントさんから、お子さんに対して、
「もういい加減にしてほしい」
「いつまで、その状態でいるの?」
と思ってしまうことがある、というお話をお聴きしました。
子どもを心配していないわけではありません。むしろ、ずっと心配してきたからこそ、変わらない状態を見続けることに疲れてしまったのだと思います。
そのお話をお聴きしながら、私にもそういう時期があったことを思い出しました!
私も以前は、子どもが私の思うように動かないと、「いつになったら分かるの?」「どうして、言われたことをやらないの?」「このままで将来どうするの?」と、イライラしていました。
そして、何度言っても変わらない姿を見ているうちに、「もう知らない」「そこまで言うなら、勝手にすればいい」と思って、子どもと口をきかない!なんていう、随分と大人げないことをしていたこともありましたね(^◇^;)
私が見放したかったのは、子どもではありませんでした
でも、今振り返ると、私は本当に子どもを見放したかったわけではないんですよね。
子どもを嫌いになったわけでも、どうなってもいいと思ったわけでもありません。
私が手放したかったのは、「この子を何とかするのは、母親である私の責任」という私自身を縛っていた「価値観」でした。
子どもが学校へ行けること。
子どもが勉強すること。
子どもが正しい選択をすること。
子どもが将来困らないこと。
子どもが幸せに生きていくこと。
そのすべてを、母親である私が何とかしなければならないと思っていました。
だから、子どもが立ち止まっていると、自分まで追い詰められる。
子どもが失敗しそうになると、何とかして止めたくなる。
子どもが私の考える正解とは違う道を選ぼうとすると、不安になる。
子どもの人生でありながら、まるで自分の責任を問われているように自分自身を追い詰めていたんですよね。
子どもの問題を「母親の責任」にしていませんか?
子どもが何かにつまずいたとき、
「私の育て方が悪かったのではないか」
「もっと早く気づいてあげればよかった」
「私が何とかしてあげなければ」
と思うお母さんは多いのではないでしょうか。
私も、子どもに何か問題が起きるたびに、自分の責任だと感じていました。
だから、子どもよりも先に答えを探す。
失敗しないように先回りする。
子どもが動かなければ、何度も言い聞かせる。
けれど、こちらが一生懸命になればなるほど、子どもは反発したり、何も話さなくなったりする。
そして私は、「こんなに心配しているのに、どうして分かってくれないの?」と、ますます苦しくなっていきました。
でも、子どもが自分の人生をどう生きるかまで、母親の責任なのでしょうか。
もちろん、親として伝えるべきことや、守るべきことはあります。
けれど、子どもが何を感じ、何を選び、その経験から何を学ぶかは、子どもの人生です。
そこまで母親が背負おうとしたら、苦しくなるのは当然ですし、そもそもお子さんの生きていく力を疑っていることになりかねません。
子どもを信じられなかったのは、私自身が不安だったから
子どものことを信じよう。
子どもには、自分で考える力がある。
頭ではそう分かっていても、以前の私は、なかなか信じることができませんでした。
何も言わずに見守っていたら、このまま何もしないのではないか。
間違った道へ進んでしまうのではないか。
将来、困ることになるのではないか。
そんな不安が、次々と出てきたからです。
だから、子どもを信じられない自分を責める必要もないと思います。
子どもを信じられなかったのは、愛情が足りなかったからではありません。
私自身が、
「何かあったときに、私は受け止められるだろうか」
「この子が失敗したら、私はどうすればいいのだろう」
と、不安だったんですよね。
子どもの力を信じるためには、まず、
「何が起きても、そのときに一緒に考えれば大丈夫」
「この子も私も、きっと乗り越えていける」
と、自分自身を信じられることが必要だったのだと思います。
フラワーエッセンスで「母親の責任」を手放していった
私が子どものことを自然と信じられるようになったのは、「今日から口を出さずに見守ろう」と、行動だけを変えたからではありません。
心の中に不安がいっぱいある状態で、黙って見守ろうとしても苦しいですよね。
言葉に出さなくても、
「いつになったら動くの?」
「本当に、このままで大丈夫?」
という焦りは、表情や態度から子どもに伝わってしまいます。
私がしたことは、フラワーエッセンスを取り入れながら、自分を縛っていた「価値観」や「信念」を一つずつ知っていくことでした。
「母親は子どもを正しい方向へ導かなければならない」
「子どもが失敗しないようにするのが親の役目」
「子どもに問題が起きるのは、母親の責任」
そんな思いが、自分の中にあったことに気づいていきました。
そして、その奥にあった不安や罪悪感を受け入れながら、少しずつ解放していったんです。
すると、「口を出さないように我慢する」のではなく、「この子なら大丈夫」と、自然と思えるようになりました。
子どもを信じられるようになると、先回りして答えを渡したり、無理に動かそうとしたりする必要がなくなります。
子どもの人生を、子どもに返してあげられるようになったのだと思います。
子どもを見放すことと、責任を手放すことは違う
子どもの人生まで背負うことをやめるのは、子どもを見放すことではありません。
何も言わずに放っておくことでも、親としての責任をすべて捨てることでもありません。
必要なときには手を差し伸べる。
伝えるべきことは伝える。
でも、子どもが自分で考え、選び、経験する力までは奪わない。
それが、子どもを一人の人間として信じるということなんだ、と今は腹落ちしています。
「もう知らない」
「勝手にすればいい」
と思ったときは、自分を責めるのではなく、
「私は、子どもの何まで自分の責任にしているのだろう?」
と、自分に聞いてみてください。
本当に手放したいのは、子どもではなく、
「この子の人生を、私が何とかしなければならない」
という責任感かもしれません。
その重さを手放せたとき、子どもとの間に適切な距離が生まれます。
そしてその距離は、親子の心を離すものではなく、お互いを一人の人間として尊重するための余白になるのだと思います。
一人で背負ってきた気持ちを整理してみませんか?
子どものことを考えるのに疲れた。
もう知らないと思ってしまう。
でも、母親として見放すこともできない。
そんな気持ちの間で、苦しくなっていませんか?
自分が子どもの何を背負い、どんな価値観や信念に縛られているのかは、一人ではなかなか気づけません。
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